広瀬香美に「ロマンスの神様」再来、米国人会社員と再婚

「ロマンスの神様」などのヒット曲で知られるシンガーソングライターの広瀬香美(42)が10月28日、サンフランシスコ在住の米国人会社員(43)と再婚したことを広瀬香美自身の公式ホームページで発表した。

相手は、コンピューター関係の米国企業に勤務する会社員で、出張で何度も訪日している親日家。広瀬は約10年前から自宅をロサンゼルスに構えており、ロサンゼルスと日本を行き来する広瀬と男性は、約1年前に知人の紹介で知り合い交際に発展。10月12日に夫が住むサンフランシスコで婚姻届を提出し、内輪の友人を招いた結婚パーティーも開いた。これからカリフォルニア州内で新居を探す予定だという。

ホームページ上で「結婚はしましたが、今後もこれまでと変わらず音楽活動の方に精いっぱい取り組んでまいります。これからも音楽家・広瀬香美をどうぞよろしくお願い致します」とつづっている。

広瀬香美は12月3日に約2年ぶりにオリジナルアルバム「Making My Life Better」をリリースする。「Making My Life Better」には初CD化となる「サタデー☆ラバーズ」やヒット曲「ロマンスの神様」の~弾き歌いVersion~、今年の香美別邸ツアー名古屋公演にて披露された「曇りガラス」を含む全11曲が収録される。

現在、レコーディングを終え、来年1月29日から始まるコンサートツアー「Winter Tour 2009 香美別邸」に向けて準備中で、コンサートでは、ピアノと歌、そしてアカペラによるヒット曲を披露する予定だという。

広瀬香美は99年3月に俳優の大沢たかお(40)と結婚したが、06年11月に離婚した。

広瀬香美「Making My Life Better」
広瀬香美「Making My Life Better」

インリン結婚、6歳下ハッスル元スタッフ・藤原勇人さんと

台湾出身のタレント、インリン・オブ・ジョイトイ(32)が9月27日、婚約者の藤原勇人さん(27)と入籍したと、29日、インリンの所属事務所が発表した。

2人は、27日午前に神奈川・横浜市内の区役所を訪れ、婚姻届を提出した。すでに同居を始めており、挙式は未定で妊娠はしていない。インリンは5月にハッスルを引退し、現在はプロレス活動を休止中。結婚後も変わらずセクシー路線で芸能活動を続ける。

藤原勇人さんは、10代のころフロンターレ川崎に所属し、DFとしてサテライトリーグで活躍した元サッカー選手。6月までインリンが出場していたプロレス団体「ハッスル」の元スタッフで、現在はプロレス団体「ゼロワンMAX」の社員として働いている。

二人は、インリンがプロレスイベント「ハッスル」デビュー直後の2005年に、身の回りの世話係として知り合った。徐々に親密度が増し、藤原勇人さんが同団体を退社した07年に交際がスタート。その年の秋には、2度目のデートで「結婚したいね」とプロポーズされるも、すぐには返事ができなかったという。その後付き合いを深めていくうちに、彼の誠実さや優しさに引かれてどんどん好きになっていき、今年春に結婚を決めたという。

当初は4月に写真誌で公表して5月に結婚する予定だったが、直前に情報が漏れてしまい予定を変更。関係者への報告を済ませ、ハッスル退団以降の結婚を希望し、大安の9月27日を選んだ。

インリンは所属事務所を通じて「これからは2人で互いに尊敬しあい、平和で安らぎのある家庭を築いていきたいと思います。人妻のインリン・オブ・ジョイトイを今後もよろしくお願いします」とコメント。

29日更新のインリン自身のブログでも「新妻・オブ・ジョイトイ」と題して「前から交際してきた彼と入籍しました。昨年まで本当に結婚願望がなかった私でしたから、まさか私自身、結婚するとはまったく想像もしてなかった…。だから彼は、私の考え方を変えてくれたヒトです。「生涯この人と生きていきたい」…と初めてそういう思いが生まれた相手です。これからは二人で互いを尊敬しあって、困難を乗り越えながら共に人生を歩んでいきたいです。私達夫婦を暖かく見守っていただけたらうれしいです。」と喜びの声をつづっている。

インリン・オブ・ジョイトイの「初恋の香り」[写真集] インリン・オブ・ジョイトイ(Yinling of Joytoy)
本名は顔 垠凌(イェン・インリン, Yan Yinling)1976年2月15日生まれ、台湾台北市出身。10歳の時、日本に移住する。現在は主に日本において活動するタレント、グラビアアイドル、歌手、女優。歌手としてはビクターエンタテインメント所属。自称「エロテロリスト」。セミヌードであるが、写真集等での過激な衣装やM字開脚が話題となる。着衣でのM字開脚も有名。2004年12月よりプロレス「ハッスル」参戦。2008年5月24日、ハッスルを引退し、同時にプロレス活動休止。タレント・芸能活動に専念する。

武蔵丸親方、フラダンス教室経営者の榎本雅美さんと結婚、交際7年

元第67代横綱の武蔵丸親方(37=本名・武蔵丸光洋:むさしまるこうよう、米国ハワイ州出身)が、横浜市内でフラダンス教室を経営する榎本雅美さん(35)と結婚していたことが明らかになった。

日本で入籍したのは4月11日。8月23日にハワイ・オアフ島のコオリナ・パラダイス・コーブでKONISHIKI夫妻など親族・知人500人を集めて盛大な挙式とパーティーを行い、これを機に入籍していたことを公表した。

2人の出会いは、10年くらい前にさかのぼる。ハワイの歌を歌う小錦のステージを武蔵丸が観に来た際に、榎本雅美さんがバックダンサーとして出演しており、知り合いになった。最初は友だちとして付き合い、7年くらい前から交際が始まったという。

当時、武蔵丸は日本の文化を学んでいて、榎本雅美さんはフラダンスを始めたばかりでハワイの文化を学んでいた。偶然に互いの文化を学び合っていたのが、惹かれあうきっかけとなったようだ。

武蔵丸の現役時代の関係に関して、武蔵丸は「現役時代はまず相撲。女と相撲のどっちを取るのかと聞かれれば絶対に相撲を取る。頭の中は相撲ばかりだったからな」と語る。榎本雅美さんも「わたしもそれが当たり前だと思っていました。会えないときは多かったが、親方には仕事に集中してもらいたいと思ってました」と同調した。

7年間の愛を育み、結婚に至ったきっかけは「そろそろかなと思った」と武蔵丸親方。今年3月の大阪場所が終わって、お互いそれぞれの仕事でハワイに行った際、一緒に武蔵丸親方の実家へ行って、武蔵丸親方の家族が揃っている前で結婚報告を行い、帰国後、婚姻届を出したという。

武蔵丸 光洋(むさしまる こうよう)
武蔵川部屋所属の元大相撲力士で第67代横綱。旧名はフィヤマル・ペニタニ(Fiamalu Penitani)89年9月場所初土俵、91年11月場所入幕、99年5月場所横綱昇進、2003年11月場所引退。幕内優勝12回。殊勲賞1回、敢闘賞1回、技能賞2回。引退後は、年寄・武蔵丸として武蔵川部屋の部屋付き親方として後進の指導に当たっている。96年日本国籍取得。

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